未来のかけらを探して

一章・ウォンテッド・オブ・ジュエル
―6話・突然の別離―



大分事情は飲み込めてきた。
「じゃあ、そいつを見つけて倒せばいいのかな?」
プーレがやや遠慮がちに問う。
ちょっと荒っぽく考えれば、これが一番手っ取り早そうなものだ。
「いいえ。それよりも、呪いを解くための聖水を探してきてくれませんか?
この村で今無事な人は白魔道士ばかりで、聖水があるところには出向けないんです。
剣士様がいらっしゃるようなので、お願いしてもいいでしょうか?」
白魔道士は黒魔道士と違って、戦うための力を持っていない。
集落の外は魔物が出ると決まっているので、説明されなくても出向けない理由はわかる。
「ああ、構わないぜ。報酬を払ってもらえるんなら。」
勿論白魔道士も、ただで請け負ってもらうつもりはなかった。
へんぴな所であるが、生業のおかげで貧しいわけではない。
「ええ、勿論。後払いでよろしいでしょうか?」
「ああ、それでけっこうだ。」
金銭関係の話はよくわからないので、
普段なら口を挟むパササやエルンもおとなしくしている。
正確には、二人で別のことをしているのだが。
「聖水?けっ、そんなので解けるのかよ。
つーか、おれらにたのまないでてめー……。」
先程からずっと黙り込んでいたグリモーが、吐き捨てるように言葉を漏らす。
プーレは眉をひそめ、彼が言い終わる前に無言で鳩尾をどついた。
「っ・・!」
思わず腹を押さえ、体をくの字に曲げて悶える。
誰だって前触れもなく急所を小突かれればそうなるだろう。
「あ〜ァ。」
悪態をついた報いは強烈だった。
ごしゅーしょー様と、パササが他人事らしく呟く。
「ねぇねぇ、それでどこにあるのぉ?」
未だ苦しむグリモーを尻目に、エルンは遠慮なしに聞く。
「東の山なんです。」
彼女が指した方角を、指の動きにつられて見る。
少し遠くに緑の小高い山が見えた。
「東〜?」
何の変哲も無い小山にしか見えないそこに、本当に呪いを解く聖水があるのだろうか。
そう疑うようにパササは少女を見た。
「ともかく、今日の所はこの村に泊まってください。
結構手強い魔物が出ますから、準備をしてからがいいと思います。」
それが賢明だろうと思い、一行はそれを承知した。
泊まる家へと向かう。
「ここ、きれーな村だよねぇ〜。」
きょろきょろとエルンが辺りを見回す。
村の真ん中には小川が流れ、草木は青々と生い茂っている。
呪いで人々が倒れる前は、さぞ明るくにぎやかな所だったに違いない。
「そう言えば、お姉さんはなんて言うの?」
プーレに呼ばれ、少女が振り返る。
「私?私はミルザ。見ての通り白魔道士だけど、まだ見習いなの。」
はにかむようなしぐさを見せて、右手に持っていた杖を後ろ手に持ちかえた。
「ミルザか〜。いい名前だネ!」
社交辞令でもなんでもなく、パササは素直にほめた。
こういう言葉は、言われれば素直に嬉しくなるものだ。
「ふふ、ありがと。」
嬉しそうに笑うしぐさは、年相応でなんとも可愛い。
「けっ……」
そんな彼女が意識せずとも妬ましいのか、憎悪がこもった眼差しが向けられる。
「・・?!どうしたの。」
ミルザの細い肩が、びくりと震えた。
明らかに動揺している。無理もないことだが。
「あ、気にしないで。」
慌てたプーレが、グリモーの姿を隠すように割り込む。
「いつもの事なのぉ〜。」
うろたえるミルザを落ち着かせるために、軽い口調でそういった。
「なら良かった。私、何か気に障る事したのかと思っちゃった。
あ、ここが泊まる所ですから。ゆっくりしてね。」
ミルザは治療に戻るため、駆け足で去っていった。
それを見届けると、今晩泊まる小さな空き家に目を向けた。
「さ〜て、入るか。」
ロビンが威勢良く言った。
休めるのがうれしいのか、パササとエルンははしゃぎ気味だ。
「(おぅ!)」
くろっちもまた、うれしそうだ。


中は、非常に簡素なものだ。
必要最低限の物や家具はそろっているが、それ以外の物はない。
「ねぇ、今日は何をしよっか?」
泊まる家の案内されたのは良いが、まだまだ日は高かった。
今のうちに、明日の準備をしたほうがよさそうだ。
「(とりあえず、買い物だね)」
くろっちは、手ごろな所に座る。他のメンバーも床に座った。
「じゃあ、ぼくは回復アイテムとか買ってくるね。」
真っ先に名乗りを上げたのはプーレだった。
一番大事な回復アイテムは、彼に任せることにした。異存は無い。
「いってらっしゃ〜いぃ!」
エルンが手を振って送り出した。
その間は、残ったメンバーで作戦を立てることに。
「んーっと、まずは!ミルザの持ってるあれがルビー達の仲間のかどーかだネ。」
議長さながらに、パササが話題を提供した。
「そうそう、それ大事ぃ。」
真っ先にエルンがそれに同意した。
あれが本物の六宝珠か否かで、大分やる事が変わる。
偽物なら、無駄足だが厄介な事態は避けられるだろう。
“あいつは本物だな。”
エメラルドが、あっさりと答えをよこした。
悩む暇すら与えないほどだ。
「じゃあ、どうやって譲らせるんだよ?」
面倒な真似はごめんだと、いらいらしたような表情が語る。
「(手荒な真似はしたくないしね)」
さて、どうするべきか。あれは、人の持ち物である。
小難しい顔をしながら、懸命に考え始める面々。
と、
「殺してとる。」
相談を始めようとするや否や、グリモーの口から放たれた言葉。
一気に周りの空気が凍りついた。
「えぇ・・グ、グリモー?!」
エルンが目を白黒させた。のけぞった後は、凍ったように動かない。
「冗談じゃ・・ないみたいだしねェι」
パササは飛びのくように後退し、くろっちの影に引っ込んだ。
大げさなまでにたじろく2人。
「(そうみたいだ……)」
そう、彼の考えは「本気」である。確かに、動物である身の上。
人を殺しても、同種の人間よりは罪悪感が多少薄いであろう。
とはいえ、よほどの事情がない限り言ってはならない事だ。
それに、これは自然界において許される類の死ではない。
「そうだよ。べつに、人間なんざ一人死のうが二人死のうが変わんねーだろー?」
まるで使えなくなった物を壊すというかのように、表情一つろくに動かさない。
罪悪感という類の感情は、微塵も感じ取れなかった。
「え・・で、でもさぁ・・。」
エルンとパササが、困ったようにお互いを見やる。
「それ言っちゃったラ・・」
どう対処していいのか分からず、いつもにぎやかな2人組は閉口。
グリモーの考えは、あまりに残酷すぎる。
この2人はグリモーと違って、そこまで人間に非情になれる要素はない。
一方、人間嫌いを通り越してむしろ憎いと思う彼は、
常に人間へ復讐しようと思い、いつか人間が滅べばいいと考えている。
だから、先程のような意見も出るであろう。
それはとんでもない極論、最終手段だが。
「人間なんかがあんなもん持ってたら、ろくでもねぇ事するに決まってるんだ!」
トラウマに思い込みの激しさも手伝ってか、かんしゃくを起こす始末。
「でも、そうとは限らないヨ!」
彼に好き勝手言わせていれば、今よりも彼は悪くなる。
それを特に意識したわけではなく、パササは反論を始めた。
このままでは群=パーティがバラバラになると、本能的に察したのかもしれない。
「うるせぇ!人間にあんなもん持たせるなんざ、死神に鎌持たせるのと一緒なんだよ!
仲間だろうがなんだろうが殺しちまうんだ!全部、全部だ!!!!」
とうとう切れて怒鳴りつける。まるで、稲妻が落ちるようだ。
と、いきなり部屋の中の空気が変わった。
「お前、さっきっから黙って聞いてりゃあよぉ・・」
突然、背筋が総毛立つ様な恐ろしい声が聞こえた。
『?!!』
妙に低く、迫力に満ちた声。これは、ロビンの声だが。
いつもの明るさは全く見えない、地を這うようなどす黒さをはらんでいる。
その周囲には、身を切るように冷たく冴え渡った空気が渦巻く。
「人間が六宝珠を持ってりゃ悪さをするってか?
そりゃそうだろうよ。確かに、権力だの力だのに溺れた奴は、ろくなもんじゃねぇ。
……・けどな。」
あまりの豹変振りに、2人組は怯えて身を寄せ合っている。
グリモーも、いくらか動揺しているようだ。
「だからって、全部が全部そうじゃねぇ。大人だってな。
たとえば、あれがあっても、怖くなって捨てたりするのだって居る。
金になるだろうって、売るやつも居る。部族によっては、祀りたてるかも知れねえ。」
「……」
ロビンの真意は、幼いメンバーには読み取る事が出来ない。
一方、当のグリモーは唇をかみ締めている。
「お前は、確かに昔人間にひどい目にあったんだろうよ。
おれは詳しくしらねーけどな。でもよ、あれの持ち主はまだまだガキだ。
何かしようったって、できる年じゃねぇ。」
正論である。彼女はまだ10を少し過ぎたばかりで、一人で何かを出来るわけではない。
「だけど――。」
反論しかけるが、すぐさま鋭い声によって封じられる。
「だけどもくそもねぇよ。
大して世の中もしらねぇガキが、人の事も考えずに物を言うな!いい加減にしろ!」
「……!!」
憎しみと怒りを滾らせ、グリモーは仲間を見た。
2人組は、悲しそうな目で黙ってみているだけだ。
「(……分かるかい?)」
くろっちは、落ち着いた様子で見ているだけだ。
彼は、相棒たるロビンの真意を知っている。
「ロビンの言うとおりだと思う。」
その声で全員の視線がドアに向かう。
「プーレ・・!!」
買出しから戻ったプーレが、彼に言った。
グリモーが全てを失った後の最初の友人であり、おそらく最大の理解者が。
「ぼく達の仲間だって、悪い人もいい人も居るじゃない。おんなじだよ、人間だって。
ロビンは、そう言いたいんじゃない?」
静かに優しく、諭すように語りかける。
ロビンとプーレ。二人の言葉に対するグリモーの結論は、いかなるものか。
皆、静かに見守っている。
「そうか・・お前もこいつの味方かよ。」
吐き捨てるような言葉。
「ぐ、グリモー・・?」
プーレが驚いて、にわかに後退する。
「もうやってらんねーよ。あとはおめーらだけでやれ!!」
烈火の如く爆発する怒りに任せ、叩きつけるようにまくし立てる。
勢いにすっかり呑まれたプーレは、ただ黙っているだけだ。
そして、グリモーは出て行こうとした。
「まってよ!」
何とかそういって引きとめようとする。
「……!」
グリモーが駆け出そうとした、そのとき。
「行くのは別に止めやしねーけどな。
ただ、おめーはもうちっと考えとけよ。
プーレのセリフの意味をな。」
グリモーは、黙って走り去っていった。
彼の心に、仲間を失う前の安息が戻るのはいつなのか。それは誰もわからない。
ただ、ロビンの言葉を理解するためには、まだ時間がかかるであろう。




その夜、すっかり寝静まった頃。
「くろっちお兄ちゃん・・起きてるぅ?」
小さく囁くような声で、エルンが言った。
「(なんだい、エルン。)」
彼は、まだちゃんと起きていた。
近くで寝ているロビンを起こさぬように立ち上がり、やってくる。
「ねぇ、グリモーって昔つらい事があったんだよ。知ってるぅ?」
今日の事件で、話しておこうと思ったようだ。
「(いや、知らないけどさ。教えてくれるのかな?)」
エルンはこくりとうなずいた。
くろっちは、主人同様グリモーの過去を良く知らない。
だが、彼らの保護者的存在としては、知っておいて損は無いだろう。
「あのねー、グリモーって元々普通に暮らしてたんだってぇ。」
エルンは、プーレから聞いたことを話し始めた。
本人から聞くことは出来なかったため、親友であるプーレから知ったのだ。
「(まぁ、そうだろうね。それで?)」
続きを促す。
「でもね、ある日来た人間のせいで、広かった森、全部焼かれちゃったんだって。
それで、ともだちもお父さんもお母さんも、他の動物もみんな死んじゃったってぇ……。」
くろっちが顔をしかめた。焼畑のせいで、住処や仲間を失ったという話はよく聞く。
話だけでは分かりにくいが、かなり広範囲にわたって焼き尽くされたのであろう。
自らの利益しか求めない、人間の悪い部分そのものである。
「(それで生き残ったのが、あの子だけなんだね?)」
「うん。それでね、悲しくなってるときに
そっからさっさと行っちゃう人間見たんだっていってたぁ。」
くろっちは、この先を聞かずとも簡単に理解していた。
グリモーをあそこまで歪めたのは、心無き人間だと。
どうしていつの世も、愚かな人間によって犠牲になる生き物がいるのだろう。
そう思い、くろっちは複雑そうに目を伏せた。


翌日、一行はグリモーをほったらかして目的地に赴いた。
と、いうものの、今村人は一刻を争う状況。プーレなどは彼が心配だろうが、仕方がない。
「グリモー、大丈夫かな・・?」
不安そうな表情で、プーレがくろっちに問いかけた。
「(大丈夫だと思うよ。それよりも、この仕事を早く終わらせよう。
そうしたら、探そうな。)」
落ち着いた表情と声音で、励ますように返事を返す。
そこには、元気付けようという配慮がみえた。
「うん。」
ほんの少しだけ、プーレは笑顔を取り戻した。
だが、やはり彼が心配なのだろう。あまり明るい笑顔ではない。
「プーレってさぁ、何だかそうしてると奥さんみたいぃ。」
さらりと明るい爆弾発言が、一行の耳を掠めた。
「はっ!?」
言われた本人は当然のごとく目が点になり、挙句石化した。
他のメンバーも、パササと本人を除き目が点。
「(おいおい・・)」
くろっちが引きつった表情で力なくつぶやいた。
「えー、だって普通奥さんってさー、
旦那さんが居なくなると心配じゃないぃ。」
あっけらかんと言われると、どう対処していいものか困るものだ。
「それはそうだけどよ、違うんじゃね〜の?」
たまに、彼女の思考は変わっている。
いい具合に力が抜けた一行は、少し急ぎ足に進んでいった。
目的の聖水は、もう少し先だ。



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グリモーが抜けました。まあ、ぶっちゃけこれは都合上なんですが。(酷)
あ、ちゃんと後で帰ってきますよ。まあ……当分は帰ってこないでしょうけど。
ロビン、ちょっとだけかっこよくかけたかも。